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暖かい日差しが
春の訪れを感じさせる朝

駅へと向かう道は
いつもより明るく感じた。


つい先週までは
コートが手放せなかったのに
今日なんて少し汗ばむほどだ。


この時期になると
いつも駅が混雑する。

新社会人や転勤族が増え
慣れない利用者が
右往左往するのが原因かな。


自分も3年前に越して来た時
外回りの仕事の度に
行き先のホームを間違えたりしたっけ。

僕はそんなことを思い出しながら
いつもと同じ電車に乗った。


スマホのイヤホンを耳にはめ
音楽アプリをランダム再生した。

今日の曲はカーペンターズの
「トップ オブ ザ ワールド」か。

明るい曲調が
今日の陽気にピッタリだな。





年度末の忙しさも落ち着き
4月に入り余裕も出てきた。

夕方の5時に会社へ戻れるのは
やっぱり嬉しい。

日も少しずつ長くなり
この時間でもまだまだ外は明るい。

とは言え
会社に戻ったら戻ったで
やる事は沢山あるんだけどね。





大学で建築デザインの勉強をした僕は
大手工務店に就職をした。

希望としていた設計の仕事ではなく
顧客との打ち合わせをしたり
工事業者の手配などの業務をしている。


もう少し仕事が出来るようになったら
上司に相談してみようか。



「相見さん、現場のこと詳しいね。
経験があるの?」


今日の午前中に伺った先方から
思わぬ言葉を掛けられた。

経験なんて全くない。
むしろ普段、上司から
「もっと現場を見たほうが良い」
と言われてるくらいなのに。


でも確かに今日の僕は
作業内容についてスラスラと
説明することが出来た。

自分でもビックリしたのだけど
知らず知らずに成長しているって事かな。


さてと、会社へ戻ったら
溜まってる仕事を片付けないと。







「あの、何か落としましたよ」



駅へと繋がる近道を歩いていた時
すれ違った女性に
声をかけられて僕は後ろを振り返った。

小脇に抱えていたバインダーから
資料の一部が抜け落ちたみたいだった。


僕が拾いに行こうとして戻ると
その女性が拾ってくれて
僕に手渡してくれた。



「あ、どうもありがとうございます」


僕がお礼をすると
女性は軽く会釈をして
また歩き出そうとした。



あれ?


なんだかこの女性に
見覚えがあるような気がする。

誰だか思い出せないけど
会ったことがあるような…

いや、気のせいかな。



「あの…以前どこかでお会いした事が
ありましたでしょうか…?」


女性の方が
僕に問い掛けてきたので
僕はビックリした。


やはり気のせいじゃない!
どこかで会った事があるんじゃないか?

でも思い出せない。



「ごめんなさい。私の勘違いみたいですね。
それでは失礼します」


女性はそう言うと
振り返り歩き始めた。

勘違いなのかな?
しかし僕も女性も
会ったことがある気がするなんて
そんな偶然あるか?

何か…

何かを伝えなきゃいけない…

僕の心の中で
そんな感情が湧いて来た。

今ここで別れたら
その何かが一生 
分からない気がする…


「ちょっと待って下さい!」


僕は無我夢中で
女性を引きとめた。


「れ、レイコ…さん…?」


僕の口から
自然と名前が出てきた。


「ど…どうして私の名前を…?」


「分かりません…
でも貴女の名前が
レイコさんのような気がして…」


自分でも訳が分からない。
なぜこの女性の名前を
僕が知っているのか。

僕には「レイコ」という名前の
知り合いは居ない。

では何故…


レイコさんの顔を見ていたら
自然と出て来た名前。

他にも何かを思い出せそうだ。
とても重要なことを
思い出しそうな感じがある。


「レイコさん、僕は何かを
思い出せそうな気がします。
レイコさんは僕に覚えがありませんか?」


レイコさんは僕の顔を見て
少し考えてから

「見覚えがあるような気がするんだけど
ごめんなさい、思い出せないわ…」

と言った。



いや、そんなはずはない。
何処かで会ってるはずだ。
レイコさんの名前を僕が知ってることが
何よりの証拠だ。



「そうだ!レイコさん!
僕のズボンのポケットに手に入れ
アソコを揉み揉みしてくれませんか?
思い出せそうな気がします!」


「え!?突然何を言い出すんですか!」


そうか…そうだよな…
そんなこと出来る訳ないよな。

でも何故だか
それをされたら思い出せそうな気がした。



「じゃあレイコさんを
肩車しても良いですか?」


「肩車!?ここでですか!?
そんなこと出来る訳ないじゃないですか!」


「いや、肩車をしたら
思い出せそうな気がするんです!
とっても大事なことなんです!」


なぜ肩車で記憶が蘇る気がするのか
僕にも分からない。

でも無性に肩車をしたい!


「さあ!レイコさん!
壁に手を付けてお尻を突き出し
股を大きく広げて下さい!」


「もう!やめて下さい!
警察を呼びますよ!」


レイコさんはそう言うと
呆れた顔をして去り始めた。


ちくしょう!
記憶がもうすぐそこまで来てるのに!

思い出したい!
レイコさんと僕の間に
何があったのか思い出したい!


このまま別れたら
全てが終わる気がする!


去りゆくレイコさんの
お尻を見ていたら
また何かを思い出しそうになってきた。



「レイコさん!待って!」


僕はレイコさんのお尻に向かって
一直線に突進した。

もう我慢の限界だ!
記憶を蘇らせたい!


「ちょ、何をするんですか!」


「レイコさん!失礼します!」


僕はペコリと一礼をすると
レイコさんのお尻に
リトルソーミをくっ付けた。


マッスルドッキング!


「きゃーーー!!!!」


「せーの!ズッコン!バッコン!
ズッコン!バッコン!ズッコン!バッコン!」


何だこの懐かしい感じは。
やはり以前にもレイコさんと
ズッコンバッコンをやってるはずだ!


ズッコン!バッコン!ズッコン!バッコン!
ズッコン!バッコン!ズッコン!バッコン!


あーーー!!!!!




ドテーーーン!!



僕とレイコさんは
勢いあまって転んでしまった。




はぁ…はぁ…はぁ…



少し落ち着いてきた僕は
自分のしでかした事を悟った。



「はぁ…はぁ…はぁ…
レイコさんごめんなさい…
衝動が抑えられませんでした。
もう、覚悟は出来てます。
警察を呼んでもらって結構です…」



レイコさんは上体を起こすと
僕の方を見つめてきた。


「そ、ソウ…ちゃん…大丈夫…?」


え!?


「レイコさん…もしかして…?」


「ソウちゃんが…作業する前に
一礼をするところ…。私、好きだよ…」


レイコさんは何かを思い出した様子だった。
そして僕もレイコさんの一言で
伝えなきゃいけない事を思い出した。


「ぼ…僕もレイコさんの
いつも相手を1番に心配する
優しいところが好きです」


まだ全てを思い出しきれてないけど
この言葉は以前、
伝えようとして伝えられなかった事。
それだけは、はっきりと思い出した。



「不思議ね。私たち初めて会ったのに
お互いの記憶があるだなんて…」


「僕たちの間には
何故か共通の想い出があるようですね。
ズッコンバッコンが思い出させてくれました」


夕陽に照らされたレイコさんの笑顔は
少し瞳が潤んでいるように見えた。


「ソウちゃん、私ね
2人の想い出が沢山ある気がするの。
だからまたズッコンバッコンをやったら
もっともっと思い出せそう」


「そうですね。
僕は毎日でも大丈夫ですよ」


僕はレイコさんの手をとり
しっかりと握った。



「これから少しずつ
2人の記憶を取り戻しつつ、
そして新しい思い出も作って行きましょう」



僕の言葉に
コクリと頷くレイコさんを見て
とても幸せな気持ちになり

今日の朝に聴いた
カーペンターズの詩が浮かんだ。


〜Your love’s put me at the top of the world 〜


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終わり。